交通事故で過失割合9対1の人身事故になったとき、行政処分はどうなるのでしょうか。事故を起こすと刑事や民事など様々な責任を問われ、その1つが行政処分です。
交通事故における人身事故とは
交通事故には大きく分けて「人身事故」と「物損事故」の2種類があります。はじめに、交通事故ではどのような事故が人身事故に分類されるかを説明します。
人身事故とは?
交通事故のうち、被害者にケガを負わせたり、死亡させたりといったように、人の身体や生命に損害を与える事故を「人身事故」と呼びます。
車による事故では、運転手だけでなく、同乗者が負傷した場合も人身事故として取り扱われます。
一方、車が壊れたり、ぶつかって物を破損させたりしただけで、死者やケガ人が出ていない事故は「物損事故(物件事故)」と呼ばれます。車同士がぶつかってもお互いの乗員はケガをせず、車だけが破損した場合などは物損事故に含まれます。
人身事故で問われる3つの責任
人身事故を起こすと、加害者は以下の3種類の責任に問われ、処罰を受けたり、罰金を支払わなければならなくなります。
行政責任
刑事罰とは別に公安委員会が取り扱う運転免許に対するペナルティで、違反点数制度と反則金の2つに分けられます。よく「免許の点数を引かれる」といいますが、実際には事故などを起こすと点数が加算されていき、一定以上になると免許停止や取り消しなどの処分を受けます。
刑事責任
事故の内容が刑法に定められた犯罪に該当する場合、罰金や科料、懲役など法律による刑罰の対象となります。
人身事故の場合、加害者は「自動車運転処罰法」に定められた「過失運転致死傷罪(5条)」や「危険運転致死傷罪(2条)」などの罪に問われる可能性があり、罪が認められれば懲役や罰金、禁錮といった刑事罰に問われます。
民事責任
損害賠償や慰謝料の支払いにより、被害者のケガの治療費や壊れた車の修理費などを補償する民法上の責任です。民法または自動車損害賠償保障法をもとにして発生し、民事責任による損害賠償は、警察など公的機関は介入せず、当事者同士の示談交渉により決定されます。
人身事故と物損事故の違い
人身事故と物損事故では問われる責任も異なっていて、具体的に以下のような違いがあります。
人身事故 | 物損事故 | |
---|---|---|
行政責任 | 必ず免許点数が加算される。 | 基本的に点数の加算はない。 |
刑事責任 | 危険運転致死傷罪等の罪に問われる恐れがある。 | 刑事罰の対象にはならない。 |
民事責任 | ・ケガの「治療費」や事故で仕事を休んだことに対する「休業損害」、後遺障害が残れば「後遺障害逸失利益」など様々な種類の賠償金を請求できる。 ・慰謝料請求も可能。 | ・請求できるのは車の修理費や代車費用など一部のお金に限られる。 ・自賠責保険は適用されない。改行・慰謝料請求は認められないケースが多い。 |
行政責任では、違反点数が付くのは人身事故の場合のみで、物損事故では免許停止などのペナルティは受けません。また、刑法における「器物損壊罪(261条)」は故意に他人の物を壊した場合のみ適用されるので、物損事故では刑事罰に問われません。
過失割合とは?
交通事故では加害者が3つの責任に問われることを説明してきましたが、実際の事故ではどちらか一方が100%悪いと判断されるのはまれであり、多くの場合はそれぞれの過失割合に基づいて責任が決められます。交通事故における過失割合とはどのようなものかをみていきましょう。
交通事故の過失割合とは
事故で生じた損害について、どちらの側にどの程度の責任があるかを0~10までの数値の割合で表したものを「過失割合」といいます。
交通事故で9対1や8対2などの数字が使われるのを耳にしたことのある方もいると思いますが、これが過失割合で一般的に数字の大きい側が「加害者」、小さい側が「被害者」と呼ばれます。
過失割合の決め方
過失割合は基本的に被害者と加害者双方の話し合いである「示談交渉」において決定されます。通常、交通事故の示談交渉では、事故の当事者同士が話し合いをするケースはほとんどなく、相手のある事故であれば、それぞれが加入している任意保険会社の担当者が代わって話し合いをするのが一般的です。
過失割合にはっきりとしたルールはなく、過去に起きた同様の事故での判例をもとに、個別の事故状況を反映させて決められます。もし交渉のみで決着がつかなければ、裁判を起こして裁判官が決定する場合もあります。
過失割合は警察によって決められると思っている方もいますが、警察は民事不介入の原則があるため、民事責任の損害賠償に関わる過失割合を決めることはありません。
過失割合は変更できるのか
もし、相手方の保険会社が提示してきた過失割合に納得できない場合は、示談交渉によって変更させることができます。過失割合は加害者側の保険会社から提示されるのが一般的ですが、最初に出される割合は必ずしも適切でない場合も多いのです。
保険会社は法律の専門家ではありませんし、営利企業ですから支払う保険金をなるべく安く抑えたいと考える傾向があります。そのため、過失割合が被害者にとって不利に設定されている場合も多く、出されたものをそのまま承諾するのではなく、納得いかない部分があれば、変更できないかきちんと交渉するようにしましょう。
交通事故の示談交渉には、2~3か月ほどかかるのが一般的で、過失割合は交渉が終わって示談が成立した時点で決定されます。一度行った示談は覆すのが難しいため、示談後の過失割合の変更はできないものと考えてください。
だからこそ、過失割合を変えたいのなら、示談交渉できちんと変更を主張する必要があるのです。保険会社は交通事故の示談交渉に慣れていますから、簡単に変更に応じてくれないケースがほとんどですが、証拠や過去の判例をしっかりと揃えて交渉に臨めば変更させることも不可能ではありません。
過失割合が9対1になる人身事故とは?
過失割合が9対1になる人身事故とは、交通事故を起こした責任のうち「9割は加害者の過失だが、1割は被害者の過失である」ということを表しています。責任のうち10%が被害者にあると判断されるのは、どのような事故で、損害賠償の支払いなどはどうなるかを解説します。
過失割合9対1で適用される過失相殺とは?
交通事故で被害者にも過失があると認められると、「過失相殺」が実施され、割合に応じて損害賠償が減額されます。9対1なら被害者の過失分である10%が引かれ、本来の90%の賠償金しか受け取れません。
1割くらいなら減額されてもたいしたことはないと思う方もいるかもしれませんが、示談金が1000万円なら減額されるのは100万円となり、賠償金が高額になるほど相殺される金額も大きくなります。
特に、9対1の事故では責任のほとんどが加害者にあるため、自分は悪くないのに示談金が減額されて納得いかないと思う方も多いかもしれません。
過失割合が9対1になる交通事故の事例
では、過失割合9対1になるのはどのような事故なのか、実際の事例をみていきましょう。
ケース① 交差点での出会い頭の衝突事故
一方が優先道路になっていたり、一旦停止の規制がある交差点での出会い頭の事故です。優先道路を走るA車と優先でない道から進入してきたB車の事故では、徐行が義務づけられているB車の過失が大きくなります。
一旦停止の場合も同様に、規制のある側が減速せず交差点に進入していた場合は過失割合が9対1になります。
ケース② 道路外に出ようとする車と直進車の事故
道路の外に出ようと右折していたA車と対向車線を直進してきたB車の衝突事故です。道路外に出る車には、減速や合図などが求められているため、A車の過失が大きくなります。
ケース③ 交差点での車とバイクの事故
以下のような交差点での車とバイクの衝突事故では、過失割合が車9対バイク1になります。
- 優先道路を走るバイクと優先でない道から来た車の事故。
- 信号機のある交差点で、黄色信号で進入してきたバイクと赤信号で進入した車との事故。
- 片方の道幅が狭くなっている交差点で、広い道路を走ってきたバイクと狭い道路を走ってきた車の衝突事故。
ケース④ 停車中の車のドア開放事故
停まっている車がドアを開けたところに後ろからきたバイクがぶつかった事故です。車の運転手は周囲の安全を確認した上でないと、車から降りてはならないため、不用意にドアを開けた車側の過失が大きくなります。
ケース⑤ 交差点での車と自転車の事故
以下のような交差点での車と自転車の衝突事故では、過失割合が車9対自転車1になります。
- 信号機のある交差点で、黄色信号で進入してきた自転車と赤信号で進入した車との事故。
- 一時停止規制のない道路から進入してきた自転車と規制のある道路から来た車の出会い頭の事故。
ケース⑥ 交差点での車と歩行者の事故
以下のような交差点での車と歩行者の衝突事故では、過失割合が車9対歩行者1になります。
- 信号機のある交差点で、黄色信号で横断歩道を渡り始めた歩行者と赤信号で横断歩道に進入した車との事故。
- 信号機のない交差点での事故(直進や左折など、車の進路に関わらず、多くのケースで過失9対1になります)
過失割合9対1の基準となる「緑本」とは?
保険会社が過失割合を決める際、判断基準として一般的に用いられているのが「別冊判例タイムズ」、通称「緑本」です。別冊判例タイムズは法律専門の出版社が発刊している月刊誌「判例タイムズ」の別冊として不定期に出版されているもので、1冊ごとに「後見の実務」や「過払金返還請求訴訟の実務」など法律上の1テーマを扱っています。
「緑本」は一般の方でも購入でき、書店やインターネットなどで手に入れることができます。このシリーズの1冊に「民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準」があり、様々な事故における過失割合のパターンが例示されています。
保険会社が過失割合9対1を提示してきた際は、「緑本」を根拠にしていると考えていいでしょう。
しかし、交通事故では全く同じ事故が起こるということはなく、個別の状況に応じた細かな判断が必要になります。そのため、本に載っている事例だけをもとに決められた過失割合をそのまま受け入れるのはおすすめできません。
過失割合が9対1の人身事故だと賠償金はいくらになるか
人身事故で過失割合が9対1になると被害者の責任分だけ損害賠償が減額されるため、受け取る賠償金が本来の額よりも少なくなります。過失割合が賠償金にどれくらい影響を与えるかをみていきましょう。
過失割合9対1の場合の過失相殺
交通事故で請求できる賠償金には、主に以下のものがあります。
・休業損害……事故でケガをして仕事を休まなければならなくなり、収入が減ったことへの補償
・後遺障害慰謝料……事故で後遺障害が残った場合の精神的苦痛に対する慰謝料。
・死亡慰謝料……被害者が死亡した場合の被害者本人や家族の精神的苦痛に対する慰謝料。
・ケガの治療費
・後遺障害逸失利益……後遺障害によって将来入るはずだった収入などが得られなくなった場合の補償。
・死亡逸失利益……被害者が死亡したため将来の収入が得られなくなった場合の補償。
・車両修理費……事故で破損した車の修理代。
・その他の費用……看護費、入院雑費、介護費、病院への交通費など。
過失割合はこれらの損害賠償に例外なく適用されるため、もし9対1になれば、慰謝料から休業損害、逸失利益、車両修理費までがすべてが過失相殺の対象になります。
それでは、具体的な金額をもとに、請求できる損害賠償や過失相殺で減らされる金額はいくらになるかをみていきます。例として、人身事故で双方が請求できる本来の損害賠償が加害者100万円、被害者500万円のケースを解説します。
加害者 | 被害者 | |
---|---|---|
過失割合 | 9 | 1 |
本来の損害賠償額 | 100万円 | 500万円 |
請求できる損害賠償額 | 100万円×10%=10万円 | 500万円×90%=450万円 |
実際に支払われる賠償金 | 0円 | 440万円(450万円-10万円=440万円) |
最初にそれぞれの過失割合から被害者・加害者双方の賠償額を計算し、過失相殺として差し引き、残った金額が相手方に請求できる損害賠償となります。過失割合は損害賠償全体を対象とするため、損害の種類は関係なく、慰謝料でも車の修理費でも同様に、請求できるのは総額の90%です。
上の事例では、被害者はもともと500万円を受け取れるところ、請求できるのが本来の9割である450万円になり、そこからさらに加害者の請求分が引かれ、実際に請求できるのが440万円となっています。
もし、相手の損害が大きく賠償金を受け取れないときは、自分が加入している任意保険に車両保険がついている場合は、そこから修理費の支払いを受けられます。
過失割合は一度決まってしまうと救済措置がなく、全ての損害賠償に適用されてしまうため、示談金の減額を避けたい、被害者なのに賠償金を支払いたくないと考えるなら、示談交渉でできるだけ割合を低く抑えることが大切です。
過失割合9対1に納得できない!割合を有利に変更できる?
保険会社が提示する9対1の過失割合に納得がいかない場合、どのような方法をとれば有利な割合に変更できるのでしょうか。過失割合9対1に納得できないときの対処法を解説します。
過失割合9対1は納得できないなら変更できる
過失割合9対1に納得がいかない場合は、示談交渉によって変更可能です。示談交渉で最初に提示される過失割合は相手方の保険会社が一方的に認定したもので、弁護士から見ると誤っているケースも多いのです。
保険会社に言われたからと諦めず、おかしいと思うところがあるなら、弁護士に依頼して示談交渉を任せれば、過失割合が変更できる可能性があります。
過失割合9対0にすることも
交渉を行っても、相手方がなかなか変更に応じてくれないケースでは、過失割合9対0を検討する場合もあります。9対0は通常の過失割合の認定では出てこない数字で、被害者が10対0を主張しているものの、加害者側に受け入れさせるのが難しそうな場合にとられる妥協案です。
被害者は1割の責任を認める代わりに、加害者は損害賠償請求権を放棄し、お互いに譲歩する形で示談する方法で、このように加害者のみが賠償金を支払う場合は「片側賠償(片賠)」と呼ばれます。上記の被害者500万円・加害者100万円のケースに9対0を当てはめると以下のようになります。
加害者 | 被害者 | |
---|---|---|
過失割合 | 9 | 0 |
本来の損害賠償額 | 100万円 | 500万円 |
請求できる損害賠償額 | 100万円×0=0円 | 500万円×90%=450万円 |
実際に支払われる賠償金 | 0円 | 450万円(450万円-0円=450万円) |
被害者の過失が無くなるわけではないので、請求額は500万円より少なくなりますが、加害者との過失相殺がないので通常と比べて受け取る賠償金は増額されます。特に、加害者の被害が大きく賠償金が高額になるケースでは、片側賠償のメリットが大きくなります。
過失割合を変更したいなら弁護士に相談を
交通事故で9対1の過失割合に納得できず、変更したいと思っているときは、なるべく早いうちに弁護士に相談するようにしてください。実際に弁護士が交渉に当たって割合を有利に変更できたケースも多数あり、早めに弁護士に依頼するほうが変更の可能性も高くなります。
ケース①:丁字路における事故で過失割合を9対1から9.5対0.5に変更
車を運転して丁字路を直進していたBさんは、左側の道路から左折で進入してきた車に衝突される事故に遭いました。はじめに相手方の保険会社が提示してきた過失割合は9対1でしたが、どう考えても相手のほうからぶつかられたと考えたAさんは納得できず、弁護士に変更交渉を依頼します。
警察から事件に関する捜査資料を取り寄せて精査した結果、丁字路進入時に相手側の徐行が不十分であった可能性があることが分かりました。この事実を指摘して交渉した結果、過失割合を当初の9対1から9.5対0.5へと変更することで合意し、示談成立となりました。
ケース②:交差点での出会い頭の事故で9対1から10対0に変更
Aさんは車を運転中、信号のない交差点に進入したところ、別の道路から交差点に入ってきた車に衝突される事故に遭いました。現場の交差点は加害者のほうに一時停止のラインがあり、相手方の車に減速が認められなかったため、過失割合は9対1となりました。
しかし、明らかに向こうの車が悪いと感じていたAさんは納得がいかず弁護士に相談。事故の状況を調査したところ、Aさんの車に交差点への先入が認められる可能性があることがわかりました。
Aさんのほうが明らかに先に交差点に進入しており、後から来た相手車両に交差点に進入してから、ブレーキやハンドル操作により事故を避ける時間的余裕があったと判断できる場合はAさんの車の「明らかな先入」と認定され、加害者の過失が大きくなります。
また、目撃者がいたことも判明し、聞き取りを進めながら、証言や警察の捜査資料を揃えて交渉を行った結果、過失割合0で示談を成立させることができました。
まとめ
交通事故で人身事故を起こすと、刑事・民事・行政の3つの責任に問われる可能性があります。交通事故では、双方の責任の度合いに応じて過失割合が決められ、9対1になると被害者にも1割の責任が認定されるため、請求できる損害賠償が減額されます。
最初に提示される過失割合は保険会社によって決められたもので適切でないケースも多く、納得がいかない場合は示談交渉によって変更が可能です。
過失割合の変更には法律や過去の判例に対する知識が必要となりますので、相手方の保険会社が主張する割合に納得できない方は、弁護士に依頼して交渉を任せてみてください。
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