のため、混同されている方もいるかもしれません。
名誉毀損罪とは
名誉毀損罪とは、刑法230条に定められた犯罪で、他人の名誉を貶める発言やインターネット上での書き込みに適用されます。
成立要件
名誉毀損には以下の3つの要件が存在し、すべてにあてはまっている場合のみ、罪が成立します。
「公然」とは、特定又は不特定多数の人が見たり、聞いたりできる状況を意味しています。
名誉毀損が成立するには、大勢の人の前で相手の悪口を言ったり、誰もが見られるネット掲示板やSNSに誹謗中傷の書き込みをしたり、公然性が必要です。そのため、密室で相手にだけ聞こえる状態で発言した場合やSNSのDMなど相手だけが見られるメッセージの場合は、公然とはいえず、成立しない可能性が高いといえます。
ただ、会員制のネット掲示板や特定のユーザーしか見られない鍵アカウントなど少数であっても自分と相手以外の複数人が悪口を見聞きできる状態であれば、成立すると考えられます。
続いて、「事実の摘示」という言葉についてですが、ここで言う「事実」は日常生活で使用する事実と少し意味が違います。普通、事実といえば実際にあった出来事を示しますが、ここでは具体的な事柄という意味で使われます。
「摘示」も難しい言葉ですが、ここでは何らかを述べるといった意味だと思ってください。
まとめると、1つ目の成立要件は、「大勢の人の前で具体的な内容を提示して、相手の評価を落とす発言をすること」になります。
2つ目の要件は他人の名誉を毀損することです。罪名からして当たり前のことのように思いますが、ここでは「人」「名誉」という言葉が何を指しているかが問題になります。
ここで言う「名誉」とは外部的名誉で、周囲からの社会的な評価を意味しており、名誉感情ではありません。そのため、相手が大人のようなプライドや自尊心がないと思われる子どもや赤ちゃんや、感情をもたない商店や企業など法人であっても成立します。
また、「人」とは、特定の人のことを指します。ですから、例えば、日本人や○○県民のような大きなくくりでは、特定とはいえず、適用されません。
3つ目の要件として、名誉毀損は摘示される事実の有無にかかわらず成立するものとされています。
ここでの「事実」は具体的な事柄といった意味ですから、実際にあった出来事だけとは限りません。実際には起きていないことや全くの嘘であっても、具体的な内容なら事実と呼ばれます。
例えば、「○○は昔、犯罪を犯して刑務所に入っていたことがある」と言ったとき、本当に犯罪者であった場合はもちろんですが、嘘をついていた場合でも、相手の評価を侵害することにつながれば名誉毀損における「事実」になります。
成立しない要件
名誉毀損には、上の成立要件を満たしていても、例外的に罪に問われない場合があります。それが、以下に示す3つのうち、いずれかを満たすケースです。
摘示した事実が「公共の利害」に関する事柄の場合は、それが真実であった場合には罪になりません。公共の利害とは、一般の人々が関心を寄せるのが妥当であると考えられる事柄です。
例えば、新聞やテレビのニュースが犯罪の容疑者について報道しても名誉毀損で訴えられることがないのは、事件が多くの人の注目する事柄であり、公共の利害に関することとみなされるからです。
2つ目の要件は、「公益」を目的としていることです。公益とは、社会全般や公共の利益を意味します。
一例を上げると、過去にインターネット上の事故物件公示サイトに掲載された物件のオーナーが、名誉毀損にあたるとしてサイトを訴えたことがありました。しかし、この訴えは裁判所によって棄却され、慰謝料の支払いなど、オーナー側の主張が認められることはありませんでした。
サイトは不特定多数の人が閲覧できるもので、事故物件であることが知られれば、物件の価値が低下するため名誉毀損に当たるように思われます。しかし、事故物件の購入や賃貸を避けたいと考えている人は多く、正しい情報をもとに不動産取引が行われることは社会全体の利益、すなわち公益を守ることにつながると判断されたのです。
同様に、マスコミの報道や口コミサイトへの投稿など、公共の利害にあてはまるものの多くは公益の追求にも該当しているといえます。
3つ目は、名誉毀損の相手がすでに亡くなっている人の場合です。このときは、もしも摘示した事実が真実であれば、罪にならないとされています。死者に対しては、本当のことなら言っていいわけですが、もちろん嘘をついて評価を落とせば罪に問われます。
名誉毀損の責任
名誉毀損の責任には刑事と民事の2種類があり、成立した場合には、それぞれ別々に責任を問われることになります。
刑事裁判で有罪が確定すると、3年以下の懲役もしくは禁錮(労務作業のない拘留)または50万円以下の罰金に処せられます。
名誉毀損は「親告罪」に分類される罪に当たります。親告罪とは、被害者からの告訴がなければ公訴できない犯罪をいいます。
そのため、例え犯罪が起きたとしても、被害者が訴え出ない限り、警察が捜査を行ったり、犯人を起訴したりすることはありません。
親告罪に分類されるのは、軽微なため被害者の訴えがなければわざわざ処罰する必要がないと考えられる犯罪や、名誉毀損や侮辱罪のように捜査によって被害者のプライバシーが侵害され、被害者も不利益を蒙る可能性のある犯罪などです。
そのため、名誉毀損では、たとえ犯罪が行われても、被害者が訴えなければ加害者が罪に問われることはありません。
被害者は加害者に対して、不法行為での損害賠償、慰謝料を請求することができます。慰謝料の相場は、相手が個人なら10万~50万円、商店や企業などの場合は50万~100万円です。
しかし、これはあくまで相場であって、発言や書き込みの内容、何度も行為を繰り返すなど悪質性が高ければ、慰謝料は高額になる可能性があり、個人であっても100万円を超える金額が認められるケースもあります。
実際の事例
実際に名誉毀損が成立した事件の事例を紹介します。
人気ラーメン店への誹謗中傷事件
福島県郡山市のあるラーメン店に対して、客の男性がSNSで「自家製スープと言いながら業務用スープを使っている」などの書き込みを繰り返した事件です。
2019年7月、店側は男性の投稿を誹謗中傷として裁判に訴え、郡山簡易裁判所は名誉毀損に当たるとして、男性に11万円の損害賠償支払いを命じる判決を出しました。
SNSでのなりすましの事例
2017年、インターネット掲示板で他人の名前や画像を無断で使用したプロフィールを作り、別人になりすましていたとして、長野県在住の被害者が大阪府の在住の加害者男性を訴えた事件です。
加害者はなりすましアカウントを使い、「お前の性格の醜さは、みなが知った事だろう」など、掲示板に他のユーザーを侮辱する書き込みを行っていました。
大阪地裁は、加害者が被害者の肖像権や名誉権を侵害したとして、損害賠償130万円の支払いを求める判決を出しています。
あおり運転事故を巡るデマ事件
2017年、神奈川県内の東名高速道路で起きたあおり運転による事故に関し、北九州市にあるまったく無関係の会社を容疑者の勤務先と思わせるような書き込みをしたとして、埼玉県の男性が名誉毀損に問われた事件です。この書き込みがもとになり、被害に遭った会社では、苦情や無言電話が相次ぎ、一時休業することになりました。
加害者男性の書き込みは、ネット掲示板で犯人の親が建設会社の社長をしているという話題になった際、「これ?違うかな」と関係のない会社の住所などが載ったURLを投稿したもので、裁判では「疑問符をつけており、確認を求めるための投稿なので、名誉毀損には当たらない」と主張しましたが、認められませんでした。
裁判では、加害者に対し、罰金30万円を求める判決が出されています。
それでは次に侮辱罪について解説をしていきます。
侮辱罪とは
侮辱罪とは刑法231条に定められた罪で、他人を侮辱する発言やインターネット上での書き込みに対して適用される犯罪です。
成立する要件
侮辱罪が成立する要件は公然と人を侮辱した場合です。
侮辱には相手を馬鹿にしたり、辱めたりといった意味があり、具体的には「バカ」「死ね」「きもい」などの悪口が侮辱的な発言に当たります。
成立しない要件
こちらも名誉毀損と同じで、1対1など他人に聞かれる恐れがない場所での発言なら公然性がないため罪にはなりません。また、内容に具体性があれば、侮辱罪ではなく、名誉毀損など別の罪に該当する場合もあります。
侮辱罪の責任
こちらも刑事上・民事上の2種類の責任が発生します。
裁判で有罪になった場合、拘留または科料に処せられます。拘留とは刑務所等に収監される刑罰のうち、作業義務のない短期のものをいい、期間は1日以上30日未満と決められています。
科料は金銭を徴収される刑罰で、罰金よりも軽く、金額は1000円以上10000円未満(最高9999円)です。侮辱罪も親告罪にあたるため、加害者を取り締まってもらうには告訴が必要です。
こちらも名誉毀損と同じく、被害者は加害者を民事裁判で訴えることができます。侮辱罪の損害賠償・慰謝料の相場は、10万円程度です。
実際の事例
実際に侮辱罪が成立した事件の事例を紹介します。
木村花さんの誹謗中傷事件
2020年、女子プロレスラーの木村花さんがテレビ番組での発言をきっかけにネット上で誹謗中傷の被害に遭った事件です。木村さんの自殺をきっかけにネットでの誹謗中傷が社会的な関心を集めるきっかけにもなりました。
この事件では、Twitterに「いつ死ぬの?」「性格悪いし、生きてる価値あるの」などの書き込みを行ったとして、大阪府の男性が起訴され、侮辱罪で科料9000円の判決が出されています。
男性の書き込みは「死ね」や「性格悪い」「生きている価値がない」といった具体性のない単なる悪口に当たる言葉だったため、侮辱罪が適用されたとみられます。
名誉毀損罪と侮辱罪の違いはどこにある?
よく似ている2つの罪ですが、細かく見ていくと、それぞれ成立要件が異なっていることが分かっていただけたかと思います。しかし、具体的にはまだまだ違いの分かりづらい部分もあるでしょう。
そこで、もう少し詳しく名誉毀損と侮辱罪になる発言の違いを説明していきます。
大きな違いは「事実を摘示」しているかどうか
2つの罪の一番の違いは「事実を摘示」しているかどうかです。
名誉毀損が成立する場合は、「○○は以前に犯罪をおかして刑務所に入っていたことがある」「○○は上司と不倫している」「あのラーメン店は自家製スープと言いながら業務用スープを使っている」など、必ず具体的な事実が必要になります。
「バカ」「ブス」「死ね」など単なる悪口の場合は侮辱罪に該当します。「バカ」「ブス」などは具体的な判断基準のない抽象的な言葉のため、事実を摘示しているとはいえません。
慰謝料の相場の違い
名誉毀損と侮辱罪のもう1つの大きな違いとして、民事で請求できる慰謝料の金額が上げられます。2つの罪で、刑法上の刑罰が違っているのはもちろんですが、民事上の慰謝料額も大幅に違っています。
名誉毀損なら数十万円から多いものだと100万円になる場合もありますが、侮辱罪だと多くも10万円が限度です。
名誉毀損のような高額請求が認められるケースはほとんどありません。これには、侮辱罪が数ある犯罪のなかでも、比較的軽い罪とされていることが関係しています。
侮辱罪や名誉毀損で訴えられたらどうする?
ここまで名誉毀損と侮辱罪についてみてきましたが、もし実際に、過去の発言やネット上での書き込みがもとになって相手から訴えられた場合、どうなるのかを解説していきます。
訴えられた場合どうなる?
被害者が告訴を行えば、警察の捜査がはじまり、犯人が特定されると逮捕されるケースもあります。
起訴されて刑事裁判で有罪になると、懲役や罰金など刑罰に処せられますし、前科がつくことで、就職など今後の生活に影響を与える可能性もあります。また、民事でも損害賠償請求をされ、裁判に負ければ支払いの義務が生じます。
具体的な対応方法について
過去の発言や書き込みが原因で相手に訴えられた場合、とれる対応にはいくつかありますが、一番良いのは示談することです。
裁判で相手と争うこともできますが、実際に悪口を言っていた場合には、負ける可能性が高くおすすめできません。示談は和解ともいわれ、当事者同士の話し合いによって紛争を解決することです。
相手に謝罪し、示談金を支払うことで「民事での裁判を起こさない」「告訴を取り下げる」「事件のことを家族や職場の人など第三者に話さない」といった条件を付けることができます。
2つの罪はどちらも親告罪のため、早期に示談を成立させれば警察に逮捕されることもありません。
弁護士など専門家に相談を
被害者と示談する際は、弁護士など法律の専門家に相談することをおすすめします。専門の法律知識をもたない一般の人が被害者と示談交渉を行うのは難しく、上手くいかないことが考えられます。
また、弁護士なら、万一、民事・刑事裁判で訴えられたり、警察に逮捕されたりしてしまったときにも相談に乗ってもらえたり、弁護を依頼することができます。
まとめ
名誉毀損と侮辱罪はよく似た罪ですが、悪口の内容に具体的な事柄が含まれているかどうかで判断が分かれます。罪が成立すると、どちらも刑事上・民事上での責任を問われ、刑罰や慰謝料請求の対象になります。
もし、過去に該当するような発言や書き込みをしてしまったと心当たりのある方は、早めに弁護士など法律の専門家に相談するようにしてみてください。