任意整理を開始しても、債権者と和解が成立するわけではありません。
細かい条件面で債権者と折り合いがつかず、長期にわたり解決に至らないケースもあります。
債権者との和解が成立しないまま、時間だけが徒に経ってしまうと、債務者・債権者の間には時効の問題が出てきます。具体的には、借金には消滅時効があることから、結果として、借金がなくなる可能性が出てきます。
1 任意整理とは?
「任意整理」とは、債務整理方法のうちの一つの手続きで、債務者と債権者が直接借金の支払条件などについて交渉する手続きのことをいいます。
任意整理では、将来利息のカットや支払方法(一括払いなのか分割払いなのか、分割払いであれば何回払いかなど)について、交渉が行われることが一般的です。
2 任意整理の流れ
任意整理は、裁判所を通さない分、和解に至るまでの期間が比較的短く、早いと3ヶ月程度で債権者との間に和解が成立します。
しかし、将来利息のカットに応じてくれず、また、支払条件に応じてくれないような債権者との関係では、交渉期間が半年を越えるケースもあります。
以下では、弁護士に任意整理を依頼してから和解が成立するにいたるまでの流れを見ていきます。
(1)弁護士への相談・依頼
まず始めに、悩まされている借金について、その状況を弁護士に相談するところから始まります。初回相談では、主に、債務者が負担する借金額や毎月の収支状況、そして、債権者情報などの聴き取りが行われます。これらの情報を基に、弁護士は任意整理により解決できるかどうかを判断します。
相談した弁護士に任意整理を依頼することとなった場合、債務者と弁護士の間で委任契約を交わします。ここでいう「委任契約」とは、債務者が自分の任意整理を弁護士に依頼することを内容とする契約のことをいいます。
債務者と弁護士が委任契約を交わすことにより、弁護士は正式に債務者の代理人として任意整理業務を開始することになります。
(2)受任通知の送付
弁護士は、債務者の任意整理業務を開始する旨を各債権者に知らせるために、「受任通知」を発送します。受任通知には、債務者の氏名や住所、債務者・債権者間の取引履歴の開示依頼などを記載します。受任通知が各債権者に届くことにより、それまで続いていた直接の取立てはなくなり、すべて債務者の代理人である弁護士が交渉の窓口となります。
(3)債務整理の方針の決定
債権者から開示された取引履歴に基づき、弁護士は利息制限法が定める利率に引き直して計算を行います。引き直し計算を行うことで、利息を払い過ぎていないか、過払い金が発生していないか、ということが判明し、最終的な支払額を確定します。
弁護士は、最終的に算出された支払額と債務者の収支状況などを参考に、債務整理の方針を決定します。
(4)債権者との交渉開始
弁護士は、債務者が債権者に支払うべき金額が確定したところで、その支払条件などについて債権者と交渉を開始します。
(5)和解成立
弁護士と債権者の交渉により、支払条件について和解が成立すれば、和解の内容をまとめた和解書を作成し、双方が調印します。
このように、任意整理では、和解に至るまでの期間が比較的短いとはいえ、以上のようなステップを踏むことが必要になってきます。
受任通知を発送して、最終的に和解が成立するまでの期間は、早いと3ヶ月程度ですが、債権者による取引履歴の開示が遅れたり、債権者との交渉が長引いたりすると、場合によっては、和解が成立するまでに半年以上の期間を要することになります。
3 時効制度について
借金は、最後に返済をした時から5年(知人・親などからの借金の場合は10年)が経過し、時効の援用(下記で説明します。)をすると、時効により消滅します(=「消滅時効」といいます)。
このように、借金の消滅時効期間は、債権者・債務者のいずれかが商人であるか否かによって異なります。いずれかが商人である場合には、商法上の商事債権として扱われ、消滅時効期間は5年になりますが、いずれも商人でない場合は、民法上の債権として消滅時効期間は10年となります。
商人である場合→商法上の商事債権として扱われ、消滅時効期間は5年
商人でない場合→民法上の債権として消滅時効期間は10年
たとえば、A社から借金をしている甲が、A社から特に借金の支払いを請求されることなく、最後に返済をした時から5年(商事債権の消滅時効期間)が経過すると、甲がA社に対して負担している借金は、消滅時効にかかり、甲が時効の援用をするとA社は甲に対し、借金の支払いを請求できなくなります。
なお、2020年4月1日より施行が予定されている改正民法では、債権者・債務者いずれかが商人であるかどうかは関係なく、すべての借金において、「債権者が権利を行使できると知ったときから5年、権利を行使できるときから10年」が経過することにより、消滅時効期間が成立することになります。
(1)時効の援用とは?
時効制度を理解するうえで重要なポイントとなるのは、5年(10年)が経過することにより、自動的に借金がなくなるわけではないということです。
借金について消滅時効を成立させるためには、上の例でいうと、甲がA社に対し、「借金については消滅時効が成立しているため、支払いません。」という意思表示(=「時効の援用
」といいます。)をする必要があります。
このように、債務者が自分の借金について、消滅時効が成立したことを主張するためには、期間の経過に加え、時効を援用することが必要であり、期間が経過しただけでは、消滅時効は成立しません。
(2)消滅時効が成立するまでの流れ
自分の借金につき、消滅時効が成立するまでの流れは以下のようになります。
①消滅時効期間(5年・10年)が経過する
②消滅時効を援用するための手続きをする
③消滅時効が成立し、債務者の支払義務が消滅する
このように、一見すると、消滅時効は簡単に成立するようにも思えます。
しかし、消滅時効が成立するためには、次の項目で見るように、消滅時効が中断されていないことが条件となります。
また、消滅時効を援用する際には、そのことをきちんと証拠として残すためにも、内容証明郵便を利用することをお勧めします。
以上のように、消滅時効が成立するには、いくつかのハードルをきちんとクリアする必要があります。
4 消滅時効の中断とは?
これまで見てきたように、消滅時効は、期間の経過に加え、時効を援用することにより成立します。
もっとも、消滅時効が成立してしまうと、債権者は債務者に対し、借金の支払いを請求できなくなるため、貸付金を返してもらうことができなくなり、債権者にとっては酷な結果となります。
そこで、民法では、消滅時効の成立を阻止するための方法(=「時効中断事由」といいます。)がいくつか定められています。時効が中断されると、それまで進行していた消滅時効の期間はリセットされ、また、新たにゼロから消滅時効の期間が進行することになります。
(1)裁判上の請求
債権者は、裁判上で借金の支払いを請求する(支払督促の申立て、和解・調停の申立てを含みます。)ことにより、消滅時効を中断することができます。
その結果、判決や和解などにより裁判が終結・確定した場合には、通常5年であった消滅時効期間が、10年にまで延びます。
しかし、訴えが取り下げられた場合や、訴えが却下された場合には、消滅時効の中断の効力は生じす、それまで進行していた消滅時効の期間が引き続き進行することになります。
(2)催告
「催告」とは、(1)のように裁判を起こすことなく、裁判外で借金の支払いを請求することをいいます。
もっとも、催告をすることで直ちに消滅時効が中断されるわけではありません。
催告をした場合は、その後6ヶ月以内に裁判(支払督促の申立て、和解・調停の申立てを含みます。)を起こす必要があります。
たとえば、消滅時効の成立が2日後に迫っており、裁判を起こすだけの準備ができないような場合には、ひとまずは催告を行い、そこから6ヶ月以内に裁判を起こすことで消滅時効を中断することができます。
(3)差押え、仮差押え・仮処分
「差押え」とは、借金の支払いを怠っている債務者に対し、換金可能な財産を強制的に差し押さえて換価し、借金の支払いに充てるための手続きのことをいいます。
たとえば、債務者の給料や不動産などが差押えの対象になります。
「仮差押え」は、差押えの実効性を担保するために、差押えの対象となる財産を債務者が勝手に処分しないようにするための手続きで、借金などの金銭債権を保全するために使われる手続きです。これに比べ、「仮処分」は、金銭債権以外の権利を保全するために使われる手続きです。
このように、債権者により申し立てられた差押えや仮差押え・仮処分が、取り下げられることなく、手続きを終えると、その時点で消滅時効は中断します。
(4)債務の承認
「債務の承認」とは、簡単にいうと、借金の存在を認めることをいいます。
ここでいう「借金の存在を認める」ことには、単に借金の存在を認めることにとどまらず、たとえば、借金を一部でも支払うことや借金の支払いについて猶予を申し入れることも、含まれると考えられているため、注意が必要です。
5 消滅時効の援用による留意点デメリット
消滅時効を援用すると、債務者は借金の支払いから解放されるため、その意味では、債務者にとって極めて大きなメリットであるといえます。
しかしが、その反面、以下のような点に留意しておく必要がデメリットもあります。
(1)信用情報機関に登録が残る場合がある
「信用情報機関」とは、債務者の契約内容や支払状況などを管理する機関のことをいいます。信用情報機関には、3つの機関(KSC、JICC、CIC)があり、銀行を始め、消費者金融やクレジットカード会社などが加盟しています。
消滅時効の援用による信用情報機関の登録の扱いは、特にJICCとCICとの間では違いがあるようです。
具体的には、消滅時効が援用された旨の情報が提供された場合、JICCにおいては、事故情報は抹消されるようです。
他方で、CICでは、「契約終了」あるいは「貸し倒れ」として情報提供したとしても、その旨の情報がおよそ5年間残るようです。
このように、消滅時効を援用したとしても、信用情報機関から情報が抹消されるとは限りません。
融資の申し込みを受けた金融機関は、その審査などのために信用情報機関に登録されている情報を確認することができます。
そのため、信用情報機関に記録が残っている間は、新規での借り入れ・クレジットカード会員の新規申し込みの審査に通りにくくなるというデメリットがあります。
(2)消滅時効を援用した債権者との関係
債務者に消滅時効を援用された債権者は、信用情報機関からその記録が消えた後も、社内で独自に記録として残しておくことが一般的です。
そのため、消滅時効を援用した債権者との関係では、信用情報機関から記録が消えた後も、新規で借り入れをしたり、クレジットカード会員になることはできないと考えておいてよいでしょう。
6 任意整理で消滅時効が問題となる場合の注意点
任意整理をする債務者は、任意整理を開始する前から既に支払いが遅れていたり、一定の期間にわたり支払いができていないことが多いです。
そのため、任意整理を開始したものの、債権者との和解があまりに先延ばしになってしまうと、消滅時効の問題が出てきます。
(1)「債務の承認」
債権者としては、消滅時効が成立してしまうと、債務者から貸付金を返してもらうことができなくなります。そのため、消滅時効の成立を阻止しようと、巧みに債務者から「債務の承認」を得たり、場合によっては、裁判などを起こして、消滅時効を中断しようとしてきます。
特に、「債務の承認」は、先に見たように、債務の存在を認めることだけでなく、一部の支払いや支払いの猶予願などによっても認められてしまいます。
多くの債権者は、貸金業を熟知しているため、債務者から「債務の承認」を得ようと、あらゆる手段を使ってきます。
そのため、「債務の承認」という制度を知らない債務者はもちろんのこと、知っている債務者であっても、気が付かないうちに承認をしてしまうケースがあります。
(2)過払い金の消滅時効
引き直し計算を行った結果、借金を完済してなお、利息を払い過ぎている場合には、その分を返還するよう債権者に請求することができます(いわゆる「過払い金請求」)。
この過払い金請求にも、消滅時効があり、最後の取引(借入・返済)から10年が経過していると、債務者は過払い金を請求できなくなるため、注意が必要です。
7 まとめ
借金は、最後の支払いから5年(10年)を経過すると、時効により消滅します。
しかし、時効を中断しようとあらゆる手段を使ってくる債権者の多くは貸金業を熟知しているため、債務者が自分で対応すると、時効を中断されるおそれがあります。