誹謗中傷対策と、表現の自由の境界線は?現行法と今後の対応の見通しについて

誹謗中傷対策と、表現の自由の境界線は?現行法と今後の対応の見通しについて

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誹謗中傷の被害に遭った場合、現行法ではどのような対策が取れるのでしょうか。また、現在進行している誹謗中傷の対策案はどのようなものでしょうか。

この記事では、誹謗中傷の実情に触れながら、今後の対応の見通しについて紹介していきます。

表現の自由とは?

表現の自由とは、個人が自らの思想・意見・主張・感情などを外部に表現し、発表する自由です。日本国憲法第21条1項は、集会・結社・言論・出版その他一切の表現を保障し、2項は検閲の禁止と通信の秘密を保障しています。

表現の自由の意義と根拠

憲法は、思想・良心の自由など内心の自由も保障していますが、それらは外部に表明されてはじめて社会的な意味を持ちます。そのため、自らの精神活動を表現するためには、表現の自由が保障されていることが極めて重要なファクターになります。

表現の自由を保障する根拠には「自己実現の価値」と「自己統治の価値」があります。

自己実現の価値」は、言論活動を通じて自己の人格を発展させる個人的な価値を意味します。「自己統治の価値」は、国民自身が演説やSNSの発信などの言論活動をすることで、政治に参加し、民主主義を維持・運営する社会的な価値を意味します。

このような価値を持つことから、表現の自由は、他の基本的人権よりも特に高い価値を有しています。

表現の自由の限界

優越的価値を有する表現の自由といえども、他の人権を不当に侵害する表現活動は許されません

例えば、小説の中で、モデルになった人物のプライバシーを侵害する描写が含まれていた場合、損害賠償請求や出版差し止めをされるおそれがあります。

このように、表現活動は絶対不可侵の自由ではなく、シチュエーションによっては制限される場合があるということを念頭におきましょう。

現状の誹謗中傷と表現の自由の線引きは?

誹謗中傷とは、事実ではない悪口を言いふらして、他人を傷つける行為です。誹謗中傷は他人の名誉を傷つける行為である以上、人権侵害に当たることから刑事罰などの法的措置の対象になります。

では、誹謗中傷と思わしき表現は全て規制するべきなのでしょうか。ここでは、誹謗中傷と表現の自由についての現時点における線引きについて解説します。

現状のインターネット上での誹謗中傷

インターネット上での誹謗中傷の数は年々増加しており、被害に遭った有名人や芸能人が自殺を図る事件も発生しています。

では、誹謗中傷してきた匿名の加害者を取り締まることはできるのでしょうか。

この点、SNSなどの事業者であるコンテンツプロバイダと携帯キャリアなどのインターネットサービスプロバイダ(ISP)に発信者情報の開示請求をすることで、加害者を特定して訴えることが可能です。

 ただし、これらの開示請求は裁判手続きを数回おこなう必要があり、情報開示に半年から1年以上かかってしまうため、使いやすいとはいえません。

現在進行している誹謗中傷の対策案

投稿者情報の開示を容易にする新たな手続きを盛り込んだ改正プロバイダー責任制限法が2021年4月21日の参院本会議で、全会一致で可決、成立しました。

現状は発信者の情報開示をするために複数回の裁判手続きを経る必要がありますが、新たな裁判手続きでは、従来より迅速に開示が進むようにして手続きの負担を減らすことで被害者の救済を図ります。

順調にいけば、2022年中に改正法が施行される見通しです。

表現の自由と規制のバランス

このように、誹謗中傷の被害者の救済を重視する改正法が成立しました。しかし、訴訟手続きの簡略化を図る一方で、「実質的に匿名による表現の自由の保護レベルを下げることになるのでは」「裁判になってもいいと思う人しかネット上で表現できなくなるのでは」との懸念の声も上がっています。

表現の自由への配慮から対策案には慎重論も多く、過度な規制強化は表現活動に萎縮を招くおそれがあります。投稿者の異議申し立てができる制度や仕組みを取り入れるなど、双方のバランスをとることが重要になります。

なお、2016年6月3日には、本邦外出身者に対する不当な差別的言動(ヘイトスピーチ)を解消するために、ヘイトスピーチ解消法が成立しました。

この法律は、国と地方公共団体に向けてヘイトスピーチを撤廃する責務を定めるとともに、国や地方公共団体が相談体制の整備・教育の充実・啓発活動などを実施することを内容としたものです。

しかし、ヘイトスピーチ規制法はあくまで基本理念を定めた法律であり、罰則規定がありません。これは表現の自由とのバランスを考えた結果になります。

表現の自由と誹謗中傷の線引き

誹謗中傷と正当な批判の線引きは難しく、明確な基準はないのが現状です。

一見すると他者の名誉を傷つける投稿であっても、その投稿がもっぱら公益に資するもので、公益を目的としたものであり、事実に裏付けのある場合は、正当な批判として世間に公表される必要があります。

ただ、真っ当な批判と誹謗中傷の線引きは容易にできるものではありません。新たな制度の施行によって、これからの表現活動が受ける影響を見極める必要があります。

誹謗中傷と表現の自由はこれからどうなる?

2020年5月に、リアリティ番組の『テラスハウス』に出演していた女子プロレスラーの方が、番組内の言動を巡ってSNS上で激しいバッシングを受けた結果、自殺の道を選んでしまう事件が起こりました。

この出来事をきっかけに、誹謗中傷の更なる規制を望む声は多く、官民で様々な取組みが進行しています。
 
ただし、規制強化の要望があるからといって、過度に取り締まりしてしまうと、発信者の表現の自由が一方的に奪われてしまいます。

表現活動は「自己実現の価値」と「自己統治の価値」がある非常に重要な権利である以上、規制の対象は明らかに他者の人権を侵害する投稿に限定されるべきです。

このように、人権を傷つけられた被害者の救済と表現の自由の両立は容易ではありません。また、誹謗中傷内容が含まれる投稿であっても、一度拡散して炎上状態になってしまえば、すべての加害者に法的責任を問うことは事実上不可能になります。その意味で、現状の誹謗中傷の対策法には限界があるといえます。

POINT
結局、誹謗中傷の被害を防ぐために最も重要になるのは、ネット利用者の「ネットリテラシー」になります。ネットリテラシーとは、インターネットを適切に使いこなす能力です。炎上の発端になる発言を控えることはもちろん、ミュート機能やブロック機能を使いこなすことで、誹謗中傷の被害から身を守りましょう。

今後は、情報技術(IT)の進展に伴って法整備など時代に即した対策が求められます。例えば、人工知能(AI)を使ってネット上の投稿から有害な内容を検出する試みもあります。

これからもさまざまな法整備が進んでいく見通しのため、新たな問題はないかしっかりと見守っていく必要があります。

まとめ

誹謗中傷の被害は年々増加しており、最近ではコロナウィルスの感染者に対する誹謗中傷も増えています。このような現状を受けて、政府は誹謗中傷を対策するための法律を改正して被害者に寄り添える社会の実現を目指しています。

ただし、日本国憲法は表現の自由を保障しているため、投稿者の表現の自由に配慮しなければなりません。

表現の自由と被害者の権利保護の両立は簡単ではありません。今後はインターネットの利用者の全てが自らの発言に責任を持ち、自由に意見交換できるインターネット環境の整備が期待されます。

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