匿名の書き込みやアカウントは特定することができるか?
ネットやSNSのアカウントは匿名が基本のため、何を投稿しても身元がバレることはないと考えている人は多くいるようですが、実際にはアカウントの特定が可能です。
そのため、誹謗中傷の書き込みなど法的に問題のある投稿を行うと、特定されて訴えられる場合もあります。
匿名ならバレないは大間違い
ネットやSNSでは匿名アカウントを使った投稿ができるため、どんな書き込みでもバレないと思っている方がまだたくさんいるようです。誹謗中傷や攻撃的な書き込みをするための捨てアカウントを作っておけば大丈夫と思っている人もいるかもしれません。
ですが、実際には法律で定められた発信者情報開示といわれる方法があり、たとえ匿名のアカウントであっても本名や住所などを特定することができます。
ネットの書き込みは匿名で行えるので一見安全そうですが、一度投稿すると拡散しやすいため削除するのが難しく、デジタルタトゥーとなって将来大きな問題を引き起こす可能性もあります。
最近は特定の動きが活発に
最近では、ネット上での誹謗中傷問題が社会的に注目を受けるようになり、それにあわせて投稿者のアカウント特定の動きもよく見られるようになっています。
2020年5月に起きた女子プロレスラー木村花さんがネットで誹謗中傷の書き込みをされて亡くなった事件はこうした問題が世間の注目を集めるきっかけにもなりました。
この事件では、花さんの母親が、情報開示によりTwitterで中傷投稿を行っていた男性を特定し、損害賠償を請求しています。
また、2018年にはプロ野球・横浜DeNAベイスターズの井納翔一選手がネット上で妻に対する誹謗中傷をしていた女性を情報開示によって特定し、損害賠償や開示費用を含めて約190万円を求める訴訟を起こしました。
当時はまだ、ネットでの被害に対しての訴訟が今ほど一般的ではなかったため、井納の行動は周囲を驚かせると同時に、同じようにネットで被害を受けている有名人の方を勇気づけたようです。
2020年7月には俳優の春名風花さんがネットで自身や家族を中傷していた男性を特定して民事で訴訟を起こした後、315万円で示談するなど、有名人や芸能人が加害者と戦う事例が多くなっています。
書き込みの発信者を特定する前にするべき準備
実際に誰かから悪質な書き込みによる被害を受けたとき、投稿者を特定するにはどうすればいいかを解説します。
証拠を残す
被害に遭ったとき、まずやるべきは違法な書き込みの証拠を残すことです。投稿そのものをURLでプリントアウトするか、もしプリンターがなければスクリーンショットやスマホのカメラで撮影しても構いません。
書き込みに違法性があるかを確認
投稿者を特定するためには書き込みの内容に違法性がなければいけません。情報開示にはいくつかの要件があり、その1つに明確な権利侵害があることが上げられるため、違法性がなければ特定も不可能になってしまいます。
通常、誹謗中傷の書き込みは名誉毀損や侮辱罪など刑法上の犯罪行為に該当するため、これらの要件を満たしているかが違法性の基準になります。
例えば、名誉毀損であれば、
- 他の多くの人の目に触れる書き込みだったか (公然性)
- 名誉を傷つける内容だったか
- 何らかの事実を持ち出して攻撃する内容だったか (事実の摘示)
(単に「バカ」などの悪口だと侮辱罪になります)
以上3つが条件になっており、これを満たさなければ違法性がないと判断されます。
発信者情報開示請求を行う
証拠を残し、違法性の確認も済んだら、次はいよいよ投稿者のアカウントを特定します。
特定には、プロバイダ責任制限法第4条で定められている発信者情報開示請求と呼ばれる方法を利用します。この制度により、投稿者の氏名や住所、メールアドレス、IPアドレスなどの識別番号を知ることができます。
発信者情報開示請求の手順
開示請求では、最初からアカウントの特定が可能なわけではなく、アカウントの特定は段階を踏みながら行う必要があります。
1:投稿者のIPアドレスとタイムスタンプ開示
最初に、実際に投稿があったサイトやSNSの管理者に対して、投稿者を識別するためのIPアドレスと投稿日時を証明するタイムスタンプの開示を求めます。
しかし、運営者が任意で開示してくれる可能性は低く、多くの場合は開示仮処分を求める裁判が必要です。
仮処分は民事保全法に基づき行われる暫定的措置で、2週間~2か月と通常の裁判よりも早く結果が出るのが特徴です。
2:投稿者のプロバイダを特定
仮処分が認められてIPアドレス等が分かれば、相手がインターネット接続に利用しているプロバイダを特定することができます。ネット上にあるIPを入力するだけでプロバイダを教えてくれるサイトを利用して投稿者のプロバイダを割り出し、情報開示を行います。
ただ、プロバイダは投稿者自身に許可をとって、相手が開示を認めたときにしか情報を教えてくれません。
3:プロバイダへの情報開示請求訴訟
2回目の訴訟はプロバイダに開示を求めるもので、こちらは仮処分ではなく正式な訴訟になるため時間もかかり、一般的には6ヵ月~1年ほどとされています。
ここで注意すべきは、プロバイダが保有している発信者のアクセス記録には保存期間があり、平均3~6か月ほどで削除されることです。
そのため、時間がかかりそうな場合などは、開示請求と同時にアクセスログの削除禁止の仮処分を求めます。
4:発信者の特定が完了
裁判の結果、書き込みの違法性などあなたの主張が認められれば、相手の氏名や住所が開示され、アカウントの特定は完了です。
対象が海外のサイトやサーバーの場合
FacebookやTwitterのように海外の企業が運営しているサイトやサーバーに対しても、日本向けに事業を行っていれば、日本の裁判所に開示請求できます。
ただ、日本法人が存在する企業もあるものの、多くの場合は訴訟の権限をもっていないため、海外の本社に対して手続きが必要な点が問題で、海外企業への開示請求は日本国内企業への請求より時間と手間がかかります。
海外の登記簿にあたる資格証明書が必要になったり、英文を翻訳する必要が出てくることもあり、管轄も東京地方裁判所になるなど、手続き面でも異なる点が出てきます。なにより、時間をとられると、早く結論が出る仮処分のメリットが薄れてしまいます。
法改正で今後はより特定がしやすくなる
ここまで見てきたように、従来、アカウントの特定には数回の裁判を含めた非常に複雑な手続きを経なければいけませんでした。
この状況を緩和するため、2021年(令和3年)4月21日、改正プロバイダ責任制限法が参院本会議で可決・成立しました。この改正は、ネット上での被害の深刻化を受けたもので、投稿者がより特定しやすくなる内容になります。
発信者を特定してからの流れ
最後に投稿者を特定してからの流れも見ていきましょう。
特定した相手の法的責任を追及
発信者の特定後は相手に対して、民事では損害賠償や慰謝料の請求が可能ですし、刑事告訴して逮捕や刑事裁判にもっていくこともできます。この両方の責任追及をすることができます。
弁護士など専門家への相談を
書き込みの削除依頼や投稿者の特定、問題の書き込みがどのような犯罪に該当するか、また裁判の準備や手続きなどには専門的な知識やノウハウが必要になってきます。
そのため、ネット上で誹謗中傷の被害に遭ったときは個人だけでは対処できないことも多いため、一度、法律の専門家である弁護士に相談することをおすすめします。
なかには、ネットでのトラブルを専門に扱う弁護士もいますので、そうした事務所に依頼すれば心強く、裁判の際にも安心できます。
まとめ
ネットの匿名アカウントはどんな書き込みをしてもバレないと思っている人も多くいますが、実際には情報開示の手続きによって個人が特定できます。
現在、特定には発信者情報開示請求が利用され、通常は最低2回の裁判が必要になっていますが、法改正により今後は手続きが簡略化され、今より容易に特定できるようになります。
アカウント特定の際には、違法性の判断や手続きなど個人だけでは難しい問題もあるため、不安がある場合は、弁護士など法律の専門家に相談するようにしてください。