誹謗中傷が生まれる原因に、ネット上の匿名性が大きく関係しています。では、なぜ匿名性のあるインターネットで誹謗中傷が生まれやすいのでしょうか。
インターネットの匿名性が誹謗中傷を生む
ネットやSNSでは、本人が自発的に公表しない限りある匿名性が確保されています。
Facebookのように、本名を記載して利用するSNSもありますが、多くの人が利用しているTwitterなどでは匿名性が確保されています。もちろん、2ちゃんねるなどの掲示板サイトも実名を記載する必要はありません。
では、なぜ匿名性が確保されているネットやSNSで誹謗中傷が生まれやすいのでしょうか。まずはじめに匿名性のメリット・デメリットに関して確認してみましょう。
匿名性のメリット
SNSなどを匿名で利用する場合、自分の好きなことや感じたことを気軽に発言しやすいというメリットがあります。SNSでの立場は現実社会に影響されないので、自由に振舞ったり本音で語り合ったりできる場所になります。
SNSなどのユーザー名を匿名のハンドルネームで登録すると、プライバシーが侵害されにくくなります。ユーザー名を実名で登録してしまうと、自身が所属している会社名や学校名が特定されてしまうおそれがあります。
匿名性のデメリット
匿名者の意見を目にしたとき、当然ながら投稿者の経歴や身分はわかりません。そのため情報の信憑性が薄く、話に説得力が生まれにくくなります。
匿名者が発信する情報を参考にするときは、きちんと出典をリサーチして情報を取捨選択することが大切になります。
匿名でネットやSNSを利用していると、基本的に簡単には身バレすることがありません。そのため、社会的に問題となる行為でも、身元を特定できないために責任を追及できないケースがあります。
匿名性が誹謗中傷を生む背景
匿名性のあるSNSでは、年齢による上下関係や社会的立場に関係なく、ざっくばらんに意見を言い合えます。
しかし、どんなことでも気軽に発言できるということは、他人を傷つける書き込みをすることも容易にできてしまうということです。
心理学の実験によれば、人は自分の名前が知られず、罰や報復を受けないときには、攻撃的になりやすいことが実証されています。
現実の社会では、人を傷つけると刑罰を受けたり、殴られるなどの仕返しをされたりするおそれがありますが、ネットではそのようなストッパーがありません。
匿名での誹謗中傷の書き込みはバレない?
匿名でのネット利用は、一般的にプライバシーの安全が保障されていますが、どんな書き込みをしても身元がバレることはないのでしょうか。
結論からいうと、匿名でも身元がバレる場合は存在します。
では、どのように身元がバレるのでしょうか。はじめに発信者情報開示請求の制度についてみていきます。
発信者情報開示請求
プロバイダー責任制限法という法律には、書き込みをした人の情報を開示請求できる制度が規定されています。
まず、掲示板やSNSのサイト運営者であるコンテンツプロバイダに対してIPアドレス・タイムスタンプの開示請求をします。
さらに、携帯キャリアなどの経由プロバイダに対して、そのIPアドレス・タイムスタンプの通信を行った利用者の氏名や住所の開示請求をすることで、発信者を特定することができます。
誹謗中傷がバレたときに発生する責任
誹謗中傷が原因で身元が特定されて訴えられた場合、裁判に負けると民事・刑事上の責任が発生します。それぞれの責任の内容は以下の通りです。
・刑事上の責任
裁判で有罪が確定した場合、刑事上の責任が発生します。例えば、誹謗中傷によって名誉毀損罪が成立すると、3年以下の懲役もしくは禁錮、または50万円以下の罰金になります。
・民事上の責任
民事上の不法行為責任が発生すると、損害賠償として金銭を支払わなければなりません。損害賠償を支払えない場合は、強制執行によって資産が差し押さえられます。
プロバイダー責任制限法の改正
令和3年4月21日に改正プロバイダー責任制限法が参院本会議で可決・成立しました。施行時期は2023年頃の予定です。
従来のプロバイダー責任制限法は発信者を特定するために複数の裁判をしなければなりませんでしたが、改正法によって一部の裁判手続きが簡略化されます。
匿名での誹謗中傷は罪にならない?
匿名の誹謗中傷でも内容によっては罪が成立します。罪の成立を避けるには、単なる意見や批判と誹謗中傷の線引きを理解することが大切です。
では、どこを基準にして意見や批判と誹謗中傷を区別すれば良いのでしょうか。
意見や批判との線引き
意見や批判とは、発言に根拠があり、正しい方向へ導くことを目的とした建設的な表現活動です。それに対して、誹謗中傷は根拠のない悪口を言いふらして、他人の名誉を傷つけることです。
例えば「不景気なのに増税を主張する◯◯議員は間違っている」という書き込みは批判にあたりますが、「成果を上げられない◯◯議員はゴミ」という書き込みは誹謗中傷にあたります。
問われる罪の例
誹謗中傷によって問われる罪の例をいくつか紹介します。
事実を摘示して相手の名誉を毀損した場合に成立するおそれがあります。例えば、「タレントの〇〇さんは不倫している」と情報を拡散した場合、不倫の事実が真実か虚偽かを問わず、名誉毀損罪に問われるおそれがあります。
例えば、あるラーメンチェーン店の経営会社について、「インチキFC〇〇粉砕」「貴方が『〇〇』で食事をすると、飲食代の4~5%がカルト集団の収入になります。」などの誹謗中傷が書かれた事例では、発信者である男性に名誉毀損罪が成立し、罰金30万円が科されました。
相手を侮辱する発言をした場合に成立するおそれがあります。名誉毀損罪と異なり、具体的な事実を述べる必要はありません。そのため「バカ」「きもい」などの抽象的な悪口は侮辱罪に問われるおそれがあります。
女子プロレスラーの木村花さんは、リアリティ番組である「テラスハウス」に出演した際の言動をネット上で激しく中傷され、遺書のようなメモを残して自ら命を絶ちました。
その後、木村さんの母親による告訴を受けた警視庁は、木村さんのスマホのネット閲覧履歴などを復元し、約600アカウントによる約1200件の投稿を精査したうえで、大阪府に住む男性を特定しました。
男性は数回にわたり、木村さんのツイッターアカウントに対して「顔面偏差値低いし、性格悪いし、生きてる価値あるのかね」などの誹謗中傷のコメントを書き込んでいたとされています。
男性は侮辱罪で略式起訴され、東京簡裁は科料9,000円の略式命令を出しました。
匿名の誹謗中傷をしてしまったらどうする?
匿名であっても誹謗中傷した事実が発覚した場合、身元を特定されて法的責任を追及されるおそれがあります。過去に誹謗中傷したことに心当たりがある方は、そのような事態にならないように、早期に対策しましょう。具体的な対策法は以下の通りです。
該当する書き込みを削除する
誹謗中傷にあたる書き込みはすぐに削除しましょう。削除しないまま放置しておくと、スクリーンショットなどで証拠を保存されてしまい、裁判にかけられたときに極めて不利になってしまいます。
また、Twitterのリツイート機能などで一度書き込みが拡散されてしまった場合、拡散された情報を消すことはできなくなります。状況が深刻化する前に、すぐに元の書き込みを削除することが大切です。
罪にあたるか確認する
書き込みを削除を終わらせたら、次は自分の書き込みが犯罪にあたるかを確認します。自分だけで判断するのが難しいときは、弁護士など法律の専門家に相談すると良いでしょう。
示談交渉する
書き込みを削除しても悪事をおこなったという事実は消えません。そのため、被害者が法的措置をとる意思がある場合、削除後においても身元を特定されて訴えられるケースは当然あります。
慰謝料請求や刑事告訴されるおそれがあるときは、裁判をする前に当事者同士で話し合う「示談交渉」によって、少しでも穏便にトラブルを解決することを目指します。示談が成立すると、裁判に発展するのを防げるので、前科がつかなくなります。
また、慰謝料や損害賠償の額についても、交渉によって低くできる可能性があるので、積極的に示談の成立を目指しましょう。
ただし、示談交渉によってトラブルを解決するためには、ある程度の法律知識が必要になります。早期解決するためにも、示談交渉をする前に弁護士に相談するのがおすすめです。
誹謗中傷をしないための心得
ネットやSNSは、自分の意見を気軽に書き込めるのが魅力ですが、一歩間違えると他人を傷つける書き込みをしてしまう危険もあります。
まず、投稿を送信する前に、一度書き込みの内容を見直してましょう。自分だったらどう思うか、誰かを傷つける内容になっていないかを再確認することが大切です。
ネットやSNSは、ある程度の匿名性は保証されていますが、完全な匿名ではありません。誰もが誹謗中傷の加害者になるおそれがあり、身元が特定される危険もあります。
まとめ
匿名でSNSを利用しているからといって、身バレする可能性がないわけではありません。特に、誹謗中傷の内容を含んだ書き込みをした場合、特定されて訴えられる危険があります。
そのような書き込みをしたことに心当たりがある人は、すぐに投稿を削除して、弁護士などの専門家に相談するのがおすすめです。