借金の時効は、債権者(お金を貸した側)が一定期間その債権(貸したお金を回収する権利)を行使しない場合に訪れます。
しかし、何もしなくても時効が成立するわけではありません。時効を成立させ、借金の支払い義務を消滅させるには、債務者からその意思を債権者に伝える必要があります。
なお、平成29年に民法の一部が改正されましたが、本コラムでは、この新しくなった民法を前提に解説します。
1 借金の時効が成立する条件は?
債権が消滅するまでの期間(消滅時効期間)は、債権者が「権利を行使できると知った日から5年」または「権利を行使できる日から10年」の、いずれか早い方と定められています。
銀行や消費者金融など金融業者からの借金であれば、基本的に消滅時効期間は「5年」と考えておきましょう。
なお、時効によって借金を消滅させるためには、5年の消滅時効期間を経過することの他に、時効の「完成猶予」や時効の「更新」が生じてないことも必要となります。詳しくは後ほど解説します。
時効のカウントが始まる「起算日」に注意
時効までの期間を確認する際には、「起算日」に注意する必要があります。
時効のカウントダウンが始まるのは、「お金を借りた日」ではなく「最後に借金を返済した日」です。
なお、消滅時効期間の単位が「年」である場合には、起算日は初日を計算に入れない決まり(初日不算入)になっているので注意しましょう。
時効成立には「援用手続き」が必要
借金に時効があるとは言っても、「最終返済から5年が経てば自動的に支払い義務が消滅する」というわけではありません。消滅時効期間が過ぎた段階で、債務者(お金を借りている側)が「時効の援用」という手続きを行うことにより、はじめて時効が成立します。
「時効の援用」とは、借金を時効によって消滅させますという一方的な宣言のことをいいます。つまり、「時効期間が過ぎたので、借金はなかったことにしてもらいます」と債権者に一方的に伝える手続きです。
具体的には、「時効援用通知書」という書類を作成し、内容証明郵便で債権者に送付する形が一般的です。
時効援用手続きの弁護士費用
「あまた法律事務所」では、時効援用手続きの弁護士費用を以下のように定めています。
着手金 | 49,800円+税 |
---|---|
報酬金 | 無し |
実費 | 訴訟提起の場合の交通費(日当は無料) |
「そもそも時効の条件を満たしているか」「書類に法的な効力を持たせるにはどうしたらいいのか」など、不安な点がある方はまず弁護士や司法書士事務所へのご相談をお勧めします。
2 消滅時効の成立が阻止されるケース
消滅時効期間が過ぎ、債務者が時効の援用手続きを済ませれば、借金は消えてなくなることになります。
しかし実際のところ、債権者が時効成立まで何も対策をしてこない、というのは考えにくいでしょう。民法においても、債権者の権利を保護するために、消滅時効の完成を阻止するための措置が認められています。
これが認められると、時効は「完成猶予」もしくは「更新」という扱いを受けることになります。
時効の更新:それまで進行してきた時効期間がリセットされ、新たに時効期間が進行を開始することをいいます。
以下、時効が「完成猶予」あるいは「更新」となるケースについて解説していきます。
(1)債務者が裁判にかけられた場合
借金の支払いをめぐり、債務者が裁判にかけられると、時効は「完成猶予」の状態となります。
その後、裁判が確定判決またはそれに準ずる形(和解や調停)で終了すると、「時効の更新」が認められ、完成までの期間がリセットされます。
なお、裁判中に債権者から訴えが取り下げられた場合、あるいは裁判所により訴えが却下された場合でも、その時点から「6ヶ月」が経過するまで、消滅時効の完成が猶予されます。すなわち時効成立の間際であっても、裁判に入った段階で、結果にかかわらず6ヶ月は期間が延びるということです。
(2)債権者から催告状が届いた場合
「催告」とは、債権者が裁判外で借金の支払いを求めることをいいます。
支払督促状や催告書などの支払額や期限の明記された書類が届くと、その時点で「時効の完成猶予」の状態となり、時効の進行がストップします。
「催告」のみでは時効が更新されることはありませんが、催告から6ヶ月以内に裁判上の請求が行われ、請求が認められた場合は、時効が更新されます。
債権者の目線から言えば、「裁判に入る準備期間をつくるため、ひとまず催告書で時効の進行を止める」ということになるでしょう。
また、注意していただきたいのは、債権者が消滅時効の期間を過ぎてから催告書や支払督促状を送ってくる可能性がある、ということです。
債務者が時効の援用手続きをしていない場合、時効期間を過ぎた借金であっても、債務者がその借金の存在を認めてしまえば「時効の更新」が生じてしまいます(下記の「(5)債務承認」の項を参照)。
貸金業者や債権回収会社から催告書が届くと、つい焦って反応してしまい、「ちょっと待ってほしい」などと伝えてしまうことも考えられます。しかし、何らかのアクションを起こす前に、まずは「その借金は時効期間を過ぎていないか」を確かめてみることが重要です。
時効期間が過ぎてからも、催告書が届く可能性があります。
そして、催告書が届いて慌ててしまい、すぐに債権者に連絡したところ、債権者から債務の承認をうながされて、よくわからないまま債務を承認してしまい、その結果として時効が更新されてしまうといった事態が考えられます。
(3)差押え等(強制執行)がなされた場合
「差押え」とは、借金の返済が滞っている債務者に対し、強制的に財産を差し押さえて現金化し、その現金を借金の返済に充てるための手続きです。差押えの対象としては、債務者の給料や預貯金などが挙げられます。
債権者が申し立てた差押え等の強制執行が、申立が取り下げられることなく完了すると、その時点で「時効の更新」が生じ、消滅時効期間がリセットされます。
なお、強制執行の申立が債権者により取り下げられた場合は、そこから6ヶ月が経過するまで、消滅時効の完成が猶予されます。
(4)仮差押えがなされた場合
「仮差押え」とは、差押えの対象となる財産を債務者が処分できないようにするための手続きです。
債権者が、債務者に対して有している債権(債務者から見れば借金)を保全するために、債務者の財産に対して仮差押えが申し立てられると、手続きの終了時から6ヶ月が経過するまで、時効の完成が猶予されます。
(5)債務者が権利を承認した場合
消滅時効期間が経過したあとでも、債務者が債権者に対して、借金を払うことの期待を抱かせた場合、時効期間が再度リセットされてしまいます。
債務者が借金の存在を認めることを「権利の承認」と呼び、この承認がなされると、債権者には「貸金の支払いを請求する権利」が認められることになるのです。
個人間におけるトラブル例として、「元夫が、5年以上支払っていなかった養育費を請求される」といったケースについて考えてみましょう。
すでに債務としての養育費は時効期間を過ぎていますが、元妻から「少しでもいいから振り込んで」と言われ、1円でもお金を振り込めば、養育費を請求する権利を承認したことになり、時効期間がリセットされます。
友人や兄弟、元婚約者など、個人からの借金も、法的には債務として扱われます。流れに任せて取った言動が「権利の承認」にあたってしまい、ご自身が不利益を被る可能性があるということに留意しておきましょう。
(6)協議を行う旨の合意をした場合
債権者との間で、権利(借金の支払いについて等)について協議を行う旨の合意が書面でなされている場合、その合意が成立した時から1年、または、その合意で定めた期間のうち、より短い方の期間が経過するまで、消滅時効の完成が猶予されます。
たとえば、貸主(債権者)と借主(債務者)間で借入金額に疑義があって、協議を行う旨の合意が書面でされたときは、時効の完成が1年間猶予されるということです。
3 消滅時効を援用した時のメリットとデメリット
消滅時効を援用するメリットとしては、債務者は借金を支払う必要がなくなるということが挙げられます。
一方、デメリットとしては、信用情報に傷がつくことが挙げられます。すなわち、信用情報の面では、債務者は時効が成立するまで返済を延滞することになりますから、その旨が「事故情報」として信用情報機関に登録されてしまいます(いわゆる「ブラックリスト」に掲載されている状態)。
たしかに、時効の援用手続きを済ませることで、事故情報が抹消されることもあります。しかし、この点の対応は信用情報機関によって異なります。
日本には3つの信用情報機関(KSC、CIC、JICC)が存在していますが、たとえばJICCにおいては、消滅時効の援用により事故情報が抹消される規定となっています。一方、CICの場合、「契約終了」または「貸し倒れ」として、およそ5年間記録が残ると言われています。
4 債務整理で借金を返済する方法もある
借金問題を安全に解決するためには、時効の援用を唯一の手段とするのではなく、その他の債務整理の方法と比較・検討しながら方針を定めていくことが大切です。
先に見たように、債権者には時効の成立を防ぐための措置が認められているため、現実的には時効の援用は難しくなっています。
「時効成立まであとわずか」と思えるようなケースでも、自覚のないままに債務承認をしていたり、債権者から催告を受けていたりと、時効の援用ができなくなっているケースがあるのです。
そして、最後に支払いをしたときから起算すれば消滅時効期間である5年が目前であるというような場合には、それだけ返済が滞っていることになりますから、仮に見込みが外れて時効の援用までたどり着けなかったときには、多額の遅延損害金が上乗せされることとなります。このような場合には、債務整理が不可欠といえます。
専門家に相談することで、「時効を援用できる可能性はあるか」ということはもちろん、債務整理を利用した場合の返済額や返済期間、手元に残せる財産などを正確に把握することができ、客観的な目線から現状に合った再スタートのプランを構築することができます。